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ハゼ音を聞く。

変化する豆の色を見る。

焙煎度合いを見極め、豆を釜から出す。






いまから20年以上前、わたしは父のコーヒー会社に入社しました。当初は焙煎をする気がありませんでした。父に頭を下げて習うのが、いやだったからです。

若いこともあり、焙煎よりも他のことに興味が向いていたことも理由のひとつです。

父はそんなわたしに何も言いませんでした。

ただ、ある時、父が自分の部屋にわたしを呼び、こう言いました。
「焙煎をおぼえろ」

父が、その言葉をわたしに言ったとき、正直おどろきました。自分が苦労して手に入れた焙煎の技術は、たとえ子どもであっても教えたくない。そう考えていると思っていたからです。

そうは言っても、最初は父の言うことにいやいや従っていたというのが正直なところです。焙煎は、一見すると単純な作業ですから、すぐにできると思っていました。ある意味、なめていたのです。

しかし、かんたんに見える焙煎も、やればやるほど奥が深いということがわかってきました。

冬と夏では、釜の温度の上がり方が異なるので、焙煎の時間を変えなければなりません。釜から出したあとに温度が冷めると、色が変わる豆もあります。

焙煎は、釜のメンテナンスを、日々たんたんと重ねることが重要となる。こうしたことは、自分自身でやらなければ、絶対にわからないことです。

ふたりで釜の前に立ち、異なる豆の特徴を父に教えてもらいながら、理解し、身につけていきました。考えてみると、あのとき、人生のなかで彼と最も濃密な会話をしていたのかもしれません。

気がつけば、朝、自分から釜に火をつけるようになっていました。

あれからあっというまに20年の月日が経過しました。気がつけば、父から学んだ焙煎の技術こそが、わたしの重要な価値へと変わっていました。

先日、焙煎釜をメンテナンスしていたときのこと。釜のいたるところに、父の字の跡があることにあらためて気づきました。

部品をはずし、ふたたび取り付けるときの正しい位置に、目印をつけて記していたのです。

その目印の横に、「がんばれよ」と小さく書かれた父の字がありました。

あのとき、焙煎の技術を学ぶきっかけを父から与えてもらわなければ、この字を見つけることはなかったと思います。