インドネシア産「バリアラビカ神山」。わたしにとって、大変思い入れのある銘柄です。
この銘柄は、父、土居博司が直接インドネシアの農園に出向き、買い付けることを決めたものだからです。
インドネシア産コーヒーの特徴として、深い「苦味」があげられます。
コーヒーの主な味わいは「苦味」ですので、この「苦味」は、土居珈琲にとって、欠かすことができません。
このような特徴的な「苦味」が生まれる理由は、「スマトラ式」とよばれる、この国の独特な精製方法にあります。
「精製」とは、果肉のなかから取り出した生豆を乾燥させる作業のことです。
通常、「精製」の乾燥作業は1回なのですが、この「スマトラ式」は、2回にわけて乾燥作業がおこなわれます。
ただ、こうした独自の精製方法があるものの、この国の栽培環境は、他国に比べて優れているとは言いがたい部分もあります。
たとえば、コーヒーの木は、雑然と植えられているところがほとんどです。
そうした環境で育てられたコーヒーの味わいは、どうしてもブレが生じます。
そのため、父が納得するインドネシア産のコーヒーには、なかなか出会えませんでした。
当時、とうとう業を煮やした父は、自ら現地に出向き、栽培状況を自分の目で確かめて、生豆を買い付けることにしたのです。
そして、そのときに出会えた銘柄が「バリアラビカ神山」だったというわけです。
わたしは、このコーヒーを買い付けた理由を、父に聞いたことがあります。
「働いている人の笑顔が一番よかったんや」。
それが、父の答えでした。
「手法とか色々あるけど、農園で働く人が、笑顔で仕事のできる環境やないと、なかなかいいものは出来上がらんよ」。
わたしは、その言葉を聞いて、驚いたことをよく覚えています。
工房のなかで四六時中、難しい顔をしながら焙煎する父の姿しか、知らなかったからです。
この銘柄を選んだ父の基準が、農園で働く人たちが見せる表情だったとは思いもよりませんでした。
ですが、先日、現地の農園で働くスタッフの子どもたちと父が並んでいる、1枚の写真を見つけました。
照れくさそうにする子どもたちの横で写る父は、とてもいい表情をしていました。