今回の「旅の中のコーヒー」の目的地は、ネパールでした。
エベレストに代表されるネパールの山々から見える景色を見ながら、そこでたてたコーヒーを楽しもうと考えたからです。
近年、コーヒー器具は、大きく進化をとげています。一昔前まではメーカーも、とにかく大量生産のもと、低価格なコーヒー器具を作ることに尽力していました。ですから、新商品と言ってなにかの器具を見せられても、自分的にはどうも面白く思えない。そんなことが長く続いていました。
しかし、最近になって、コーヒー器具メーカーも、デザインに注目するようになりました。その結果、今までにない斬新なデザインを持つコーヒー器具を目にできるようになったのです。
先日コーヒー器具メーカーの人間と話をしたとき、彼はこう語っていました。
「今までは、スーパーのバイヤーの担当者の方から呼ばれて、器具を見せても、『いくらまで下がる?』と言われるのが常でした。デザイン性の高いコーヒー器具を出してからは、アパレルのデザイナーの方から呼ばれて話をする機会が増えました。それはそれで、内心ドキドキしているのですが・・」。
コーヒー器具のなかでも、より進化をとげているのが、アウトドア用のものです。山頂に登り、美しい景色を見ながら自分でたてたコーヒーを楽しむというのは、山好きには知られたコーヒーの楽しみ方でした。たとえば、最近のアウトドア用のコーヒーミルは、デザインも性能も、本当に良くできていると感じます。
そうしたわけで、いろいろなコーヒー器具をリュックに詰め、ネパールの山を登山し、そこでたてたコーヒーを楽しむことにしました。
首都カトマンズから四輪駆動車に10時間以上揺られ、タダパニという街を目指します。目的地はアンナプルナとダウラギリに存在する標高3210mの展望台・プーンヒル。
早朝5時、気温は0度近い状態。宿から2時間かけて、石段を急登。体力も限界に近づいたとき、展望台に到着し一気に視界が開けます。目の前にはマチャプチャレ、ニルギリ・サウス、ダウラギリといった山々。
景色がまだ暗いなか、人種の異なる人たちといっしょに朝日がのぼるのを待ちます。ネパールは紅茶の文化が主ですが、予定通り自分が焙煎したコーヒー豆を粉に挽き、自分のためのコーヒーをたてる。冷え切った身体に、温かいコーヒーがうれしい。
コーヒーを口にしながら、見ていると山々の間から、朝日がのぼってくる。目の前に広がるその景色は、息をのむほどに美しい。
その朝日を見ていると父 土居博司が、入社したての若いスタッフに話していたことを思い出しました。
「工房のなかだけにこもって、自分だけの味に固まってしまうと、進化が止まる。コーヒーだけを見て味が作れるわけやない。美味しい味を作りたかったら、美しいものを見て、それがなぜ美しく見えるのかを考えろ。その好奇心が、コーヒーの味を良くするんや」(土居博司 談)。
ネパールの山から見える朝日の美しさとコーヒーの味は、父が語った言葉を、あらためて思い出させてくれるものでした。