数あるコーヒーの中で、史上最高価格のコーヒーが、あらわれました。
そのコーヒーは一杯あたり2,000円以上の価格で提供されることもあるほど。そのコーヒーは、“ゲイシャ種”という品種のものです。
この“ゲイシャ種”、なぜそれほど高額な価格で取引されることになったのか。それは、この品種がコーヒーの原種だからです。
今、コーヒーは多くの国で栽培されていますが、原種のコーヒーの樹を目にすることは、まずありません。そのほとんどは品種改良によって、人工的に作り出されたものです。
原種のコーヒーの樹は、自然の変動や病害虫に弱いため、生育させるのが、とても難しいからです。ときに植えたコーヒーの樹が全滅してしまうこともある。それを避けるため天候の変動や病害虫に強く、できるだけコーヒーの実が多く収穫できる品種が開発されていきました。そして、多くのコーヒー農園が、そうした品種改良によって生み出されたコーヒーの苗木を植えるようになったからです。
こうした背景があり、原種である“ゲイシャ種”のコーヒーの樹を育てようと考えるコーヒー農園は、まずありませんでした。
しかし、この“ゲイシャ種”のコーヒーの樹の生育に挑戦して成功させた農園があります。パナマ エスメラルダ農園です。
原種である“ゲイシャ種”のコーヒーの樹を栽培し、コーヒーの実を収穫することに成功したエスメラルダ農園は、世界にその名を一気に知らしめました。エスメラルダ農園が作った希少な“ゲイシャ種”のコーヒーは、コーヒー史上最高価格をつけて取引されるに至ったのです。
そうしたコーヒー生産の背景があるなか、先日グァテマラにコーヒーを買い付けに行ったときのことです。
農園の中を案内されながら、そこのコーヒー農園のオーナーに、こう言われました。
「土居、この一画を見てくれ。うちの農園も“ゲイシャ種”のコーヒーの苗木を植えることにしたんだ。収穫したときはよろしくな」。
あたり一面広がるのは、“ゲイシャ種”のコーヒーの苗木。その風景を見たとき、正直強い違和感を持ってしまいました。
“ゲイシャ種”のコーヒーが、コーヒー史上最高価格で取引されたという情報を聞きつけて、各国のコーヒー農園のオーナーが、こぞって“ゲイシャ種”のコーヒーの苗木を購入し、自分の農園で育てようとしているわけです。
たしかに生産者の立場に立てば、本年度に栽培したコーヒー豆は、できるだけ高い値段で取引したいと考えるのは、当然のことと思います。しかし、「この品種のコーヒーが高く売れると聞いたから、おれも作ることにしたんだ」という考えから作られたコーヒーを、自分のお客さまに紹介したいと思うかと聞かれれば、自分はそうは思わない。
エスメラルダ農園の“ゲイシャ種”のコーヒーを、わたしもお客さまに過去紹介したことはあります。しかし、それは味だけを評価したからではありません。値段が高いことや、ものめずらしいことで、買い付けたということでもありません。
不可能と言われることに挑戦する作り手の気概を、その銘柄の味から感じたからです。
その品種のコーヒーが高く売れるからという理由をもって、他の国から苗木を輸入して自分のところに植え付けることには、どうしても違和感を持ってしまう。そもそも、コーヒーの味は、その土地特有の風土が作り出すもの。他の国の苗木を輸入して植えることは、その土地ならではの味わいを作ることを放棄していることにつながると思うのです。
「他の農園のやつはみんなで同じ方向に行こうとしているみたいだけど、おれは違う考えで、このコーヒーを作ったんだ」。
産地情報が手に入りにくい頃、こういうことを言う変わり者の農園オーナーは、どこのコーヒー産地国にもごろごろいました。
今はどこの産地に行っても、上記のような言葉は、まず聞くことができません。
代わりに聞こえるのは
「今、これが売れているって聞いたから、今度、この品種のコーヒーを作る予定なんだ」。
という言葉です。
本当に、さびしいかぎりです。