「そっちのブロックのコーヒーは、コモディティ(大量生産)用だから、土居は興味ないと思うよ」。ブラジルのあるコーヒー農園のオーナーに、そう言われたことがあります。
農園を視察した後、コーヒー農園のオーナーと酒を酌み交わしながら話していたとき、わたしは彼に、こう質問しました。「タテマエではなく、品質の高いコーヒーを作るうえで、ほんとうに大切なことは何だ?」。
彼は、答えました。
「コーヒー農園をはじめた当初の自分に、今の自分がうそをついてないってことだな」
世界のコーヒー消費量は、わたしどもが扱っている家庭で楽しむコーヒー以外に、業務用のコーヒーやインスタントコーヒー、また缶コーヒーなどを含めると膨大な量となります。コーヒー農園は、その膨大な消費量に対応する量を作らなければなりません。ですから、多くの場合、大規模経営となります。特にブラジルのコーヒー農園は、規模が大きい。どれほど大規模かというと、たとえば、丘に上がって視界に広がるすべての景色が、コーヒーの樹で埋め尽くされている、というほどです。
こうした農園が、ブラジルではいくつも存在します。
コーヒーの実の収穫用トラクター。コーヒーの樹を”叩く”ことで、コーヒーの樹からコーヒーの実をふるい落としていく。
これほど、大規模なコーヒー農園だと、コーヒーの樹からコーヒーの実を収穫するにしても、専用の機械を使っておこないます。この機械には、数本の鉄の棒がついています。この鉄の棒を、コーヒーの樹に打ちつけることで、コーヒーの実は地面に落ちていきます。この方法で、コーヒーの実を収穫すると効率は良いのですが、完熟したコーヒーの実だけではなく、未成熟なコーヒーの実も混じってしまいます。
完熟したコーヒーの実と、まだ緑色の未成熟なコーヒーの実が混ざり合って収穫される。
コーヒー農園のほとんどは、いままで量を作ることを優先してきたため、こうした専用の機械が数多く開発され、導入されてきました。しかし、近代になってコーヒーに品質を求める声が生まれました。大規模コーヒー農園にしても、そうした声に応えたコーヒーを作ろうと尽力しています。
たとえば、農園内をブロック別に細かく区分けし、こちらのブロックは、従来の大量生産を前提としてコーヒーを作る。こちらブロックは、品質にこだわったコーヒーを作るという形をとる農園が増えてきました。
細かく区分けされたコーヒー農園。区分けされたブロック毎に、異なる品質のコーヒーの樹が植えられている。
ただ、品質にこだわったものを作るといっても、たとえば、ブラジルの大規模農園において収穫時に、完熟したコーヒーの実だけを人間の手作業で摘み取ろうと考えても、あまり現実的ではありません。面積が大きすぎるため、収穫に時間がかかりすぎるからです。
こうしたことから、どこかで「線」をひく必要が出てきます。
その「線」をどこに引くか。大規模農園であればあるほど、これがとてもむずかしい。「量」と「質」は、どこまでいっても相反するからです。そうしたなか、彼は何を基準にしているのかというと、「コーヒー農園をはじめた当初の自分に今の自分がうそをついていないかどうか」だというのです。
「昔の自分を裏切るようなことをしなければならないなら、コーヒー栽培はもうやめる」と彼は酔っ払いながら私に話していました。
自分自身が参考にするべき矜持だと思いました。